『美しき諍い女』 ~長さをそのまま受け入れる映画~
1991年/フランス/237分
監督:ジャック・リヴェット
原作:オノレ・ド・バルザック
脚本:ジャック・リヴェット,パスカル・ボニツェール,クリスティ・ローレン
撮影:ウィリアム・ルプシャンスキー
出演:
ミシェル・ピッコリ(フレンホーフェル)
ジェーン・バーキン(リズ)
エマニュエル・ベアール(マリアンヌ)
マリアンヌ・ドニクール(ジュリエンヌ)
ダヴィッド・バースタイン(ニコラ)
ジル・アルボナ(ポルビュス)
シネ・ヌーヴォで開催されたジャック・リヴェット特集で,ようやく観ることができた“呪われた巨匠”の名編。4時間に渡る長尺作品であります。
この前に,同じ特集上映で観た『嵐が丘』(1985年)が,ハッキリ言ってピンとこない作品で,この調子で4時間やられたら,たまらないな・・ と正直,観ようかどうしようか迷っていました。
しかし,本作に限っては,これは観てよかったと思える一作でした。途中休憩まで入る長尺ながら,その長さがそのまま心地よい,こんな作品はなかなかありません。
もちろん同じような長い作品は,ほかにもありますが,本作が素晴らしいのは,決して大作ではなく,むしろスケールとしては小品の域を出ないこと。
金をふんだんに注ぎ込んだ大スペクタクル巨編が,派手な展開や刺激の強い映像で,時間を忘れさせ間を持たせられるのは,ある意味当たり前。
しかしこの作品は,くたびれた画壇の巨匠とその妻,若いモデルとその周辺人物の夏のひとときの物語。映画の大半は画家の創作過程で占められ,ベアールの見事な裸体はあっても,ほとんどケレンがない。
でありながら,長さを忘れさせるのではなく,その長さのままで「映画的興奮」を持続させる・・とでもいいましょうか。この辺はさすがですね。
***************************************
「美しき諍い女」とは17世紀の高級娼婦をモチーフとした絵画。かつて老画家(ピコリ)は,妻(バーキン)をモデルに描きかけながら,ある事情から完成させることができず・・
10年後,友人の画商が,若い画家のわがままな恋人(エマニュエル・ベアール)をモデルに推薦し,老画家は再び「諍い女」に取り組みはじめます。
ともかく,映画の中盤から延々と続くアトリエでの制作シーンが見事。
真白いスケッチブックに墨が落とされ,ペンで引く細い線と,時おり水筆で入れるボカシがしだいにフォルムを形成していくその過程を,延々とワンショットで撮っていて,こんなシーンが目を惹きつけてサスペンシヴであるという経験はなかなかできません。
久々に絵筆をとった画家は,最初のうちなかなか調子が出ないのですが,ザラついた紙の表面をペンがカリカリと掻きむしる音像のいら立ち,ベッタリとした水筆の筆致の不快感・・ それらが,画家とモデルの間に生ずる葛藤と重なって,そこに緊迫感が生まれるといった印象。
画家は初め,モデルに正対して身体や顔をスケッチします。このとき彼が描くベアールの顔は,人間とは思えない無機質な気味の悪い顔。
そのうち,モデルに身体は前を向かせながら,「顔を見せるな!」といって,ソッポを向かせるようになります。
ベアールに関節を無視したような無理なポーズをとらせ,何枚も習作を繰り返しながら「君を解体して,すべてをさらけ出させる!」という画家は,その実,モデルに正対することを躊躇している。本当は妻で描きたかったのだ・・という彼の本心が垣間見えます。
妻のバーキンはベアールに「顔を描きたいと言い出したら,断るのよ」と忠告しますが,結局,その忠告は聞き入れられませんでした。
最初のうち,恋人への当てつけのため,仕方なく画家につき合っていた様子のベアールですが,だんだん本気になり,画家の前で自らを解放していきます。
画家はベアールに「君にも闘ってほしい」といいながら,女のすべてがさらけ出されたとき,自らは逡巡し,背を向けてうずくまるようなポーズの絵ばかり描きます。
ベアールはそんな画家の本心を見抜き,逃げないで,私をしっかり見て描いて,と迫ります。そして,とうとう画家は「美しき諍い女」を完成させますが・・
10年前,画家とその妻が「美しき諍い女」を断念せざるを得なかった事情がしだいに明らかになり,それが,なぜベアールなら描けたのかも,観終わってシミジミとわかります。
芸術を極めること,人間の内奥をつきつめること・・ それが果たして男女・夫婦の幸福と両立し得るのか? 描きたい,しかし真実をカンバスに定着する行為は,あまりにも残酷過ぎる・・
**********************************************
映像的には,特に序盤の,南フランスの夏の描写が絶品。その明るい外光の取り入れ方,セミの声を重ねて醸しだす空気感が心地よく,観始めてすぐに「これは良い映画だ」と感じました。
その明るい屋外との対照で,中盤から埃くさいアトリエで展開される画家とモデルの閉塞的な葛藤世界が,重くなり過ぎない程度に際立った印象。
役者では,何よりエマニュエル・ベアールが素晴らしくて,女の嫌らしさを垣間見せながら,常に人を惹きつける色香を醸し,画面をかっさらう力がありました。一方のミシェル・ピコリは,アトリエで「仕事」に臨むときの,真摯で透徹した芸術家の眼差しに凄みを感じました。
1991年,カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ受賞。その名に恥じない名匠ジャック・リヴェット快心の逸品といってよいでしょう
| コメント (0) | トラックバック (0)



