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2008年3月

2008/03/24

『にっぽん泥棒物語』 ~第一級の掘り出しモノ~

1965年/東映/117分
監督:山本薩夫
脚本:高岩肇,武田敦
撮影:仲沢半次郎
出演:
三国連太郎
佐久間良子
伊藤雄之助
江原真二郎
緑魔子
市原悦子
北林谷栄
鈴木瑞穂
金子吉延


旧い映画ばかり選んで見続けていると,思わぬところで,貴重な拾いモノをすることがあります。

映画史の狭間に埋もれて,ほとんど日の目を見ない作品たち・・ そんな作品を時おり劇場にかけてくれる目利きがいて,観る側は,それをしっかり受け止められるかどうか・・

拠りどころは,自分なりの勘しかありません。このあたりが,クラシック映画ファンであることの醍醐味の一つともいえるでしょう。


今回「山本薩夫監督特集」で観たこの珍妙なタイトルも,あまり知られていない喜劇映画ですが,ふつうのコメディとは違って,山本作品らしく,しっかりと骨のある逸品。

喜劇のため一段低く見られたのかもしれませんが,こんな素晴らしい作品が,ほとんど語られることもなく埋もれてしまっているのは,真にモッタイない。


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本作は,戦後史の汚点として悪名高い「松川事件」を下敷きに,当時,弁護側の証人として証言台に立った実在の人物(泥棒)をモデルに構成されたフィクション。

大泥棒の破天荒な人生描写を横糸に,権力によって仕組まれた冤罪事件の成り行きを縦糸に,エンタテインメントの要素を存分に盛り込んで,人間喜劇に仕立て上げたといったところ。


主人公(三國連太郎)は,田舎で歯科医を装いながら,裏の顔は,その筋では名の通った大泥棒という設定。ただ,ふつうの泥棒とはちがって,商家や金持ち狙いの破蔵師(いわゆる土蔵破り)なのです。


ある夜,土蔵破りをしくじった帰り道,主人公は,鉄道の線路上で屈強な9人の男たちと出くわし,その夜に列車転覆事故が起こります。

そして,お縄になって収監された刑務所で,主人公は列車転覆事件の容疑者と目される労働組合の幹部たちと知り合いますが・・ 自分が目撃した男たちとは明らかに違う。


時は流れ,妻子を得て,今やひとかどの人物と目されている主人公は,過去をネタに刑事に脅され,列車事件の弁護側証人となることを拒絶します。

しかし,かつて刑務所で知り合った組合のリーダーに再開。彼とその健気な息子が,冤罪で10年を棒に振りながらも,真実が明らかになる日を信じて闘う姿に心動かされ,ついに主人公は,何もかも投げ打って証言台に立つ決心をします。


この場面がじつに感動的で素晴らしい。三國連太郎が上手いのは言うまでもありませんが,こういう社会派映画では「顔役」の鈴木瑞穂と,われわれ世代には懐かしい子役の金子吉延(青影)が泣かせる・・


そして,クライマックスの法廷シーンはまさに出色。権力のデタラメや理不尽を真正面から暴きたて,笑い飛ばすそのセンス。三國連太郎の快演に大笑いしながら,最後は言葉では表現のしようのないカタルシスにはまります。

異色ではありますが,法廷シーンとしては,日本映画史上屈指ではないかと思いました。

 
山本薩夫は,この数年前にシリアスな実録モノとして『松川事件』を撮っていますが,そのとき,まだ事件は公判中で,被告20名の無罪判決も出ていなかったのでした。そして,無罪(冤罪)確定後に,同じ題材を,視点を変えて斬り直したといったところ。

澱みなく密度の濃い演出に,動的なキャメラワーク,映像をテンポよくつなぐリズム感,役者の力量の高さと,脚本の面白さ,どれを取っても一級品。


こんな映画をスクリーンで観られてよかった,クラシック映画ファンでよかったと思うやしきりであります。


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2008/03/22

映画の世紀遠のく ~千日前国際会館 休館~

ネットの情報検索で,「さよなら上映」という文字を見て,ドキッとしました。

千日前国際劇場グループの3館が,この3月末で休館することになったようです。3館とは「千日前国際劇場」,「千日前国際シネマ」と,成人映画専門の「国際地下劇場」。

「閉館」ではなくて,あくまでも「休館」ということらしいですが・・


今年に入って,国際シネマでは,千日前シネマ倶楽部主催で「京マチ子名作映画まつり」や「溝口健二特集」を,国際劇場でも「チャップリン映画祭」を企画上映しており,私も足しげく通っていた矢先でした。

チャップリン特集の方は,客の入りが悪かったですが,京マチ子特集は集客がよくて,延べ五千人を動員したとか。企画としては大当たりだったというのに・・


事情は,やはり御多分にもれずといいましょうか・・

大手シネコンの進出に押され,どうやら,年初からロードショー館ではなくなってしまったらしいのです。大阪ミナミのような場所で,新作の封切上映ができなくては,国際会館のような大劇場はやっていけないのでしょう。


一方で,建物の老朽化は否めないし,運営面でも,次回待ちの客をロビーに入れず,外で待たせたり,サービス面等で今どきの経営ではなかったのも確か。

実は,この間,国際劇場へチャップリンの『ライムライト』を観にいったとき,ガランとした場内の床を,ネズミがちょろちょろ走っていました。

これは,かなりヤバいな~と予感はあったのですが,それにしても,あんまり急だし,残念至極であります。


「休館」という言葉を信じたいですが,再開は難しいのでしょうね。ただ,「千日前シネマ倶楽部」自体は,劇場の経営とは関係なく継続するとのこと。

シネコンのような「金太郎アメ劇場」でしか映画を観られなくなったのでは,私みたいな旧タイプの映画ファンは,堪ったものじゃありませんから,再起を期していただきたいと願うばかりです。


映画の黄金時代から半世紀以上に渡って興行を続けた老舗劇場が姿を消す・・ また,「映画の世紀」が一歩遠くなりました。


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さよなら上映のプログラムは以下の通り

3/29~31
国際劇場:『狂った果実』(1956),『嵐を呼ぶ男』(1957)の2本立て。

3/26~31
国際シネマ:『明治天皇と日露大戦争』(1957)

3/26~31
国際地下劇場:『団地妻 昼下がりの情事』(1971),『実録阿部定』(1975)の2本立て


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2008/03/21

映像職人のヴァラエティ ~山本薩夫特集~

シネ・ヌーヴォで開催中の「山本薩夫監督特集」もいよいよ明日までとなりましたが,一般的な勤労者の私にとっては今日で終幕。

今回は,土・日・祝日に,平日夜まで利用して,何とか以下の6本を観ることができました。


『真空地帯』 (1952年)
『人間の壁』 (1959年)
『にっぽん泥棒物語』 (1965年)
『荷車の歌』 (1959年)
『赤い陣羽織』 (1958年)
『白い巨塔』 (1966年)


『人間の壁』と『白い巨塔』以外の4作は初見で,意外な掘り出し物だったのは『にっぽん泥棒物語』。これは松川事件の冤罪告発をベースに持ちながら,抱腹絶倒のコメディであり,かつ感動的な人間ドラマでもあるという逸品でした。


「社会派」と一口にいっても,その題材は実に幅広く,軍隊ドラマから,学校や病院の内幕,封建農村の婦人差別に,冤罪の告発,果ては泥棒稼業の実態から教訓的昔話に至るまで・・

何をやっても底流にあるのは反体制・反権力思潮なんですが,プロパガンダ色の強いものもあれば,一見して単純な娯楽作もあり。


へんな話ですが,左翼系というのは扱いの幅が広いようですね。これが反対側(右)だと,題材はよっぽど限られてしまうし,表現面でも単調になってしまうような気がします。

(一応,断わっておきますと,私自身は「左右」の対立軸とは縁のないところで生きています)


それにしても,山本薩夫という人は職人肌で,映像表現に凝る芸術家タイプではないのですが,文句なく面白い映画を撮る人ですね。

演出は実にタイトで弛みがなく,映像は常にサスペンスに満ちて,眠い映画が一つもない。こういう人は貴重ですよね。


作品ごとのレビューが滞っていますが,何とか近日のうちに・・


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2008/03/15

『真空地帯』 ~今,平和ボケの時代に~

1952年/日本・新星映画/129分
監督:山本薩夫
原作:野間宏
脚本:山形雄策
撮影:前田実
出演:
木村功
下元勉
利根はる恵
神田隆
加藤嘉
西村晃
岡田英次
金子信雄


シネ・ヌーヴォ「山本薩夫監督特集」から最初のレビューは,軍隊内部の実態とその不条理を暴いた山本薩夫作品の中でもよく知られた1本。


これはいわゆる「戦争映画」とはちがって,派手な戦闘シーンなどは一切なく,人ひとり死ぬわけでもなく・・ ただ銃後の兵営生活の暗部をえぐり出しながら,戦争の非道さを浮き彫りにするといった趣向。


戦後,この手の軍隊ドラマはけっこう撮られたのだと思いますが,何しろ原作者の野間宏も山本薩夫も,共に軍隊経験者だけに,その描写,その演出は荒削りながら迫真力に満ちています。


ともかく役者たちの目付きがただ事ではありません。制裁場面などでは,主演級を除いて本当に殴られているし,その肉体感覚は生々しい・・

この時代の映画人は,スタッフも役者も皆,戦争の時代を生き抜いてきているだけに,全てにおいて今とは次元が違ったのでしょう。

もはや姑息な映画的技巧など問題にもならない。画面から発散される強烈なエネルギーと緊迫感で,瞬きもできないほど。


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ドラマは,かつて将校の汚職に関わり,無実の罪で収監されていた4年兵(木村功)が連隊に戻ってくるところから始まります。


いつ野戦へ送られるかわからない小学卒の古年兵や補充兵は,そのうち自分たちの上官になるであろう大学卒の初年兵たちに対し,本能むき出しに苛烈な虐めを加える。初年兵たちは,そんな古年兵たちが早く戦場へ送られることを待ち望んでいる。

2年兵や3年兵は,見て見ぬふりの事なかれ志向。そして将校連中は,物資の横流しで私腹を肥やし,野戦行き(つまり誰が死にに行くか)で卑劣な裏工作をする。


これはもちろんフィクションですが,山本薩夫の実体験を綴ったものを少し読んでみても,似たり寄ったりのことはあったのだと思います。


そんな不条理の連鎖の中で,集団催眠のように人間性を奪い取り,精神を破壊し,空っぽの真空状態にしてしまう。そうでなければ,地獄のような戦場で,生死の境を彷徨いながら,ただ意味もなく人を殺し続けたりできないのかもしれません。


ここに暴き出される組織の実態は,もはや,戦争に勝つとか負けるとか,祖国のためとか,そんなこと以前の問題。崇高なものや,格好良いもは何もない・・ こんな組織に国の防衛などできようはずもありません。


まさに,最底辺の泥まみれの現場から「戦争」の姿を浮き彫りにし,その理不尽をスクリーンに叩きつけた力作。

平和ボケが叫ばれる今この時代に,もう一度,振り返って観ておく価値のある一本といえるでしょう。


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2008/03/10

山本薩夫 監督特集始まる!

この週末から,大阪九条のシネ・ヌーヴォでは,「監督特集 山本薩夫 社会派エンタテインメント」という特集上映が始まり,早速,行ってきました。

公式サイトはこちら


単純に「社会派」という枠組みでは括りきれない山本薩夫の作品16本を,2週間にわたって上映するという,いかにもシネ・ヌーヴォらしい通好みな企画。

やはり,かの千日前の庶民派劇場みたいなベタベタな懐古上映とは一線を画しますかな・・(あっちはあっちで,私は大好きなんですよ ^^)


山本薩夫といっても,あまりご存知ない方も多いと思いますが・・

最近,TVドラマでリメイクされた山崎豊子原作の『白い巨塔』や『華麗なる一族』の映画オリジナル版の監督,といえば,若い方々には通りがいいのでしょうね。


黒澤明と同年の生まれで,戦前から東宝にいて,大河内伝次郎主演の丹下左膳モノなんかも撮ったりしたようですが,この人,もともと共産党員で,戦後すぐに,東宝争議を先導してレッドパージを受け,その後は独立プロで左翼傾向の作品を多く撮っているのです。

日本で「社会派」という場合,多分に左傾化した作品を撮る人を指す(少なくとも保守系ではない)ことが多いわけですが,ハッキリ共産党員なのは,この人と今井正が双璧でしょうか。


後年は,大映など大手の製作で,娯楽大作や話題作も多く手がけて成功しており,「社会派」と呼ばれる作家たちの中でも,柔軟なタイプだったのだと思います。

ちなみに,私の世代のリアルタイムは,『皇帝のいない八月』(1978年)や『あゝ野麦峠』(1979年)あたりになりますかね。


で,今日観たのは,以下の2本・・

『真空地帯』(1952年)
『人間の壁』(1959年)

この人の映画は長尺が多いのですが,常に緊迫感が高くて,まるで眠くならないのが素晴らしい。

そういえば,シネ・ヌーヴォへ行くのは,個人的にこれが今年初・・ やっぱり,こういう旧作特集をやってくれなきゃ!(^^


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2008/03/08

『ミリキタニの猫』 ~奇跡のドキュメント~

Blogparts032006年/アメリカ/74分
監督:リンダ・ハッテンドーフ
撮影:リンダ・ハッテンドーフ,マサ・ヨシカワ
編集:出口景子
音楽:ジョエル・グッドマン
出演:
ジミー・ツトム・ミリキタニ


昨年の秋に封切られたときから,ずっと気になっていながら,なかなかタイミングが合わずに見逃していた作品。それを先月から滋賀会館シネマホールが拾ってくれたので,ようやく観ることができました。

これは「戦争」に翻弄され,波乱の人生を送った一人の老人の,過去と現在に迫ったドキュメンタリー。世界各地の映画祭で賞を獲りまくっているのですが,実際に観てみて,何故そんなに評価されたのかがわかりました。


真冬のニューヨーク,その寒風吹き荒ぶ路上で,独り猫の絵を描き続ける家なき老人・・ 近隣に住むドキュメンタリー作家リンダ・ハッテンドーフが,偶然,彼に声をかけるところから,このドキュメントは始まります。

「ミリキタニ」という名前の響きからも,そのどこか大陸的な風貌からも,思いもよらない一言が,老人の口を衝いて出ます。

"I'm Japanese."


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三力谷勤さんは,カリフォルニア州生まれの日系2世。幼い頃,広島に移住し,18歳まで日本で暮らしますが,折しも軍靴の音高まり,兵学校への入学を拒否した彼は,東洋と西洋を結ぶアートの創造を目指してアメリカへと舞い戻ります。

しかし,そこで彼を待ち受けていたのは,あまりにも過酷な試練・・


「戦争」によって狂わされたその数奇な半生を,歩一歩と明らかにしながら,決して過去ばかりに拘泥することなく,ミリキタニ氏の人となりや,今も終わらない「闘い」を,ただ淡々と浮かび上がらせていくのがミソ。


そして,図らずも本作を劇的に仕立て上げたのは,撮影中に,偶然に遭遇したニューヨーク9.11テロ。

このとき,ハッテンドーフは,独り路上に取り残されたミリキタニ氏を自分のアパートに保護し,ここから,ハッテンドーフ自身が作品の登場人物となり,本作はドキュメンタリーでありながら,よくできたフィクションのような色合いを帯びていきます。


9.11時点の米国内の好戦的な空気と,ミリキタニ氏の超然とした姿勢を対置しながら・・ ハッテンドーフは,彼が自律して生きていける環境作りに奔走し,社会保障の申請から,剥奪された市民権の回復,そして生き別れになっている姉や親類の捜索へと映画は展開していきます。


本作の最大の魅力は,何といってもミリキタニ氏本人の人柄。過酷な人生を送りながら,しかし不思議に「悲惨さ」を感じさせない。

自分を絵画の巨匠(Ground Master)だと言い張ったり,突如,大声で歌を歌いだしたり・・ 彼の一挙手一投足はピュアでどこかユーモラスで,実に映画的。


その一方で,漂々としながらも,彼は凛として信念を曲げず,決して「戦争」を許さない。その胸中に渦巻くのは,かつて「アメリカ」に裏切られたことに対する憤り・・

武士(サムライ)の子孫であるという彼は,淡々と運命を受け入れながら,日本人であること,芸術家であることに拘り,「アメリカ」の施しを頑として拒絶,命続く限り絵を描き続けると言います。

そんな彼の胸中にいつも去来するのは,日系人強制収容所で死んでいった多くの仲間,彼を慕い,いつも彼に猫の絵を描いてほしいとせがんでいた少年への想い・・


やがて,昔の仲間や親類が見つかり,善良なアメリカ市民と触れあい,少しずつ社会的なつながりを回復していく中で,徐々に彼の心は解きほぐされ・・

クライマックスで,ミリキタニ氏は,かつて収容所暮らしを余儀なくされたツールレイクを訪れ,犠牲者の墓に花を手向け,多くの人を前に積年の思いを語ります。そこで60年に渡るわだかまりにピリオドが打たれ,ミリキタニ氏は「アメリカの善良」を受け入れるのです。


稀有の半生を送った路上アーティストと気鋭のドキュメンタリー監督の出会いから,偶然に偶然が重なるようにして綴られた奇跡のようなドキュメント。

一方で「記録」としての客観性を忘れず,つねに一歩引いた視点を保ち,ラストの括りも,感動をあおる演出をあえて排して,申し分がありません。


ともかく老若男女を問わず,多くの日本人に観ていただきたい逸品であります。


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2008/03/02

『蝶々・雄二の夫婦善哉』 ~映画の世紀の落し物~

1965年/東映/80分
監督:マキノ雅広
原案:ミヤコ蝶々
脚本:依田義賢
撮影:鈴木重平
出演:
ミヤコ蝶々
南都雄二
丘さとみ
田中春男
笠置シヅ子
柳家金語楼
藤山寛美
茶川一郎
堺駿二
中田ダイマル・ラケット
かしまし娘
藤田まこと


先日,東京へ出かけた折,フィルムセンターの大特集『生誕百年 映画監督 マキノ雅広(2)』で観た1本です。

マキノ雅広といえば,日本映画の父・牧野省三の長男で,日本映画界の職人的正統。

戦前・戦後を通じて娯楽時代劇の大家であり,のち東映任侠シリーズで高倉健をスターに仕立て上げた巨匠といったイメージがありますが,東映時代には,こういう軽喜劇も挟間に撮っていたんですね。

本作は小品ですが,上方お笑いスター多数出演による理屈抜きに「面白い映画」であります。

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ミヤコ蝶々・南都雄二の「夫婦善哉」といえば,大阪発・TV視聴者参加型トーク番組の嚆矢であり,私も子どもの頃はよく観ていました。

冒頭はテレビの「夫婦善哉」のパロディから始まり,このころ既に離婚していた蝶々と雄二の実生活を彷彿とさせる筋立て。わが身の不幸をも笑劇に仕立ててしまう,今に続く上方芸人のたくましさと,そして哀しさ・・


全体に上方喜劇特有の笑いのテンポと間合いを存分に活かした構成で,ふつうの映画とは世界観が異なりますが,東京はフィルムセンターのお客さんから,随所で楽しそうな(懐かしそうな)笑いが起こるのは興味深いこと。

大阪のお笑いが,テレビで全国に向けて発信され出した頃をよくご存知の,オールドファンの方々なのでしょう。


ともかく演者が達者なこと,この上なく,大半が喜劇の舞台を踏んできている「役者」だけに,間合いを心得ているし,笑いを生ずるセリフの掛け合いは完璧。

蝶々さんの気風(きっぷ)の良い芝居は言うに及ばず,中田ダイマル伝説のナンセンスギャグの一端が垣間見られ,藤山寛美の傍若無人で周囲を巻き添えにするリズムも,そのままフィルムに焼きつけられていて,私のような大阪人はとても嬉しくなります。


マキノ雅広はもちろん京都の人ですが,脚本は溝口健二の片腕だった依田義賢で,この人も京都人。この辺がミソで,大阪的なアクの強さを,少し斜に構えて退いた感じで処理するのが心憎い。

掛け合いの最後のギャグやオチを,溶暗で画面が消える直前に入れてしまうなど,大阪人には思いも寄らない心得た仕事ぶり。


そのほか,大御所・柳家金語楼やテレビコメディで売り出した藤田まこと,白木みのる等をチョイ役で使って随所に色をつけ,さらに,通行人に長門裕之(マキノの甥)をチラッと登場させるといった姑息なイタズラまで仕掛けて,遊び心満載。


ラストは,蝶々演ずる勝気な浪花女の哀感のお芝居。“おもろうて,やがて哀しき・・”大阪喜劇に独特のベタベタに通俗的な教訓を,サラリと控えめな演出でフィルムに収めつつ,職人的な腕前をもって,しっかり「映画」に仕立ててしまう。


こういう企画モノは,かつての「映画の世紀」にしか認められなかったものでしょうし,それだけに貴重な,一種の珍品であろうと思います。


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2008/03/01

久々のフィルムセンターにて思う ~エルダーの世紀~

ここ数日来,東京方面へ出かけており,昨日は用向きが早めに済んだので,久々に京橋のフィルムセンターに立ち寄りました。

今は大ホールで,「生誕百年 映画監督 マキノ雅広」という上映作品110本,3か月に及ぶ大特集が組まれています。

東京に住んでいた頃なら,休日ごとに通い詰めているところですが,今は隙間をみて,やっと1本観るのがせいぜい・・


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午後3時からのプログラムがあったと思い,2時過ぎに着いたのですが,私の勘違いで,次の上映は4時から。

ロビーは人もまばらだったので,あまり人気のない作品なのだと思い込み,しばらく近所のコーヒーショップで時間をつぶして,3時に戻ったところ,もはや長蛇の列!

ああしまった,そうだった・・ 前の上映が終わって,続けて観ようとするお客さんがなだれ込んでいたのです。


ここの観客はオールドファンが圧倒的なのですが,1日3本のプログラム(この日は小ホールのアメリカ映画特集の2本を足して5本)を時間の許す限りたくさん観るわけです。あいだの待ち時間が1時間半ぐらいあっても,皆さん平気なんですね。

私は,長らく来ていなかったので,勘どころが狂っていて,そういうことを失念していたのでした。

年齢層は,60代後半から80歳前後と思われる方々が圧倒的で,歩くのも不自由な方もおられますが,いやはや,皆さんスゴいエネルギーです。


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前の記事でも述べましたが,この世代の人たちは,映画の良い時代に青春を過ごし,今でも良質な作品がかかると,精勤に劇場に足を運ばれる。

その時代の映画は,20~30代の若いころに観て,数十年を経て,70歳や80歳になってから観ても十分に鑑賞に堪える。そういう良質な作品作りがなされていたということ。

だから旧作上映にこれだけの集客があり,これからの高齢社会に向け,エルダービジネスとして,この種の回顧上映も,都市部では商業ベースに乗せることができるのでしょう。

こういっては何ですが,下手な単館系の新作より(年齢層は別だけれど)ずっと集客はいいですね。残念ながら・・


翻って今の映画界を見るに,エルダーやシルバーになってから,またじっくり楽しめるような作品がどれくらい生み出されているでしょうか?


団塊世代の引退に伴い,これからヌーヴェル・ヴァーグやニューシネマ,邦画ではATG作品などの「回顧(懐古)」が始まるのでしょう。彼らが健在なあと15年ぐらいはそれで持つのかもしれません。

しかし,それ以後は,映画凋落期に育った,劇場で映画を観ていない世代が上がってきて,「回顧」するもの自体がなくなる。しかも,その頃には,高齢化がいちだんと進んで,若年向け市場の落ち込みは今よりずっと深刻化していることでしょう。


そうなると,同時代的に,エルダーの鑑賞に堪える作品を生み出す力がなければ「映画」は生き残っていけない。その時になって慌ててもあとの祭り・・ 今からビジョンを持って,作る側はもちろん,観る側でも人を(つまり客の鑑賞眼を)育てていかなければ・・


なんてエラそうなこと言いながら,私個人は,只ひたすら劇場に足を運んで,些少ながらお金を落として回るしかないのですけど・・


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